考えすぎる性格を直したいならば何事も楽しむこと!




みなさんは『考えすぎること』についてどのような印象をお持ちでしょうか?

ユウ
何事も考えすぎるんだよねえ。この性格を直したい。
レイ
悩むことこそ大事でしょ!!能天気なやつの気がしれない。。。

どちらもそれらしく聞こえます。

僕自身、まだ先の将来のことについては悩むことがあります。。。将来のことは分からないからこそ怖いですよね!

ですが、考えすぎることは損です。なぜかと言うと、考えすぎたところで問題は解決しないから。

考えすぎる原因は分からないから

不安なこと・知らないことに対して私たちは不安を感じるものです。

とはいえ、この分からないものをいくら悩んだってしょうがないですよね!

ふぁらと
考えて解決できる問題ならとっくに解決できているはず。

ということです。

考えすぎるということは、今の時点で自分自身で確たる答えを見つけられない時でしょう。

でも、それでいいじゃないですか!!自己分析をいくらしたところで自分を完全に理解できるようにはなりません。その理解できないことがあるからこそ、不確定性が増し人生は楽しいんだと思っています。

分からないところをこの世の終わりと思うくらい考えるのか楽しむのか。

楽しんだ方が良いと思うのは僕だけでしょうか?ネガティブなことばかり言っている人から楽しさを感じることはできないでしょう。

なので、未知なこと・分からないことに対して考えすぎる性格を直したいならば、見方を変えて楽しむこと

見方を180°変えれば良くも悪くもなります!どちらを選ぶかはあなた次第。

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考えすぎることは悪いことなのか?

ユウ
でも、呑気に生きてられるほど幼くないんだよ!!

と批判する方もいるかもしれない。

ここで、自殺防止ダイヤルの相談者も経験したことのある三石由起子氏の『大人の覚悟』からとても刺激的な部分を見つけたので引用させていただきます。

「悩むこと」が「真面目に生きること」だと思い込んでいる人々の多さに驚いたのである。自分の楽しみを放擲して、深刻な顔をいて暮らすことが「誠意」であり、「正義」であると思い込んでいる。

引用: 『大人の覚悟 お悩み上手のあなたへ』 三石由起子著

考えすぎることや悩むことは『正しいこと』なのでしょうか?

レイ
自分は悩んでいてえらい。

隣のあいつは呑気なもんで、何にも考えず酒ばっか飲んで楽しそうだ。。

このように決めつけていないでしょうか?あなたもその隣の人も同じ人間です。

どうせ分からないこと考えすぎて、その挙句周りに負のエネルギーを与えることは避けなくてはなりません。

 

「悩み」がない人はいないと思います。みんな何かしら考えているものです。

ですが、この悩みにとらわれすぎるのは「正しいこと」ではないのかもしれません。その悩みを解決するために一歩を踏み出したり、楽観的でいることが大事なことでしょう!

まとめ

悩みに蝕まれるのは悲しいもの。

『なんとかなる!』

との言葉をどの悩みにもつけてあげることで、気持ちも軽くなるのではないでしょうか?

 

考えすぎる時は、今の自分が答えを持ち合わせていないときと書きましたが、この時に様々な事・人に触れてほしいと思います。

自分と違うタイプの人と会話をすることで、自分の新たな才能に気づいたりすることもあるでしょうから!

人が集まるところで新たなアイデアが生まれやすいとの研究結果も出ています。

 

偏ったものの見方をするより、人の話をよく聞いてみる。そしてその会話を楽しむ。

悩み事も考えすぎる性格は損。楽しむくらいがちょうどいい。

それでは!








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